『伝説の胎動』
吹雪の音
飛騨の国の山道には、はや、冬の気配が近づいていた。
北風は容赦なく行き交う人びとの頬を嬲る。
木こりすらも滅多にかよわぬ獣道を、
いま、足早で歩く者がいた。
獣の皮を羽織ったその姿は、一見猟師ふうだったが、
それにしては体つきが華奢にすぎる。
そして、それを追うようについて離れぬ姿がもうひとつ。
こちらは、老いたりとはいえ、侍の風貌である。
「雪になりそうだな。」
さくさくさく(綾之介が雪を踏みしめて歩いている)
「……脚は大丈夫かだと?
フッ…馬鹿にするな。おぬしとは違う。
戦場(いくさば)からは遠ざかったとはいえ、
この綾之介の脚、一向に衰えるものか。」
「先ほどからつけて来られるは、いずこの家中のお方か。
この身に御用か?」
さくさく(老侍が歩み寄る)
「無礼の段、許されよ。」
「はっ…あなたは、目が不自由で?」
「いやはや……あげくがこれ……ぐわっ!」
老侍は呟くようにそう言うが早いか、腰の刀(とう)を抜き放ち、
若者に斬りかかった。
「なっ、なにをされる!」
「でやあ!」
ぶん ぶん(老侍が刀を振るう)
「くっ……致し方ない!」
かくん(妖刀を抜く)
しゅばああ(跳躍して間合いを取る)
「ほう…半刀を使うか。
見込んだとおり、いい動きをしておる。
だがその体つき、身のこなし、侍ではないな。
……忍びか?」
「ならばどうする!」
ふっふふっふ、かきゅーん(綾之介が身を翻して斬りかかる)
「ふふふはははは、見事見事。
我が太刀をかわずばかりではなく、果敢に刃を向けるなど、
並みの武芸者にもできぬこと。
いや、感服した。」
「お侍……どういうことですか。」
「ふっふ。この先に、この老いぼれが独りで暮らす小屋がある。
もしよろしければ、今夜の宿にいかがかな。
こう年を取ると、若い者の話を聞くばかりが楽しみでな。」
「………いいでしょう。」
ちゃっ(刀を納める)
「元織田家家臣。平戸定倖(ひらとさだゆき)だ。」
「綾之介。」
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