戦国奇譚妖刀伝 久遠の章 久遠の章目次へ
妖刀伝作品ガイド
三、妖魔談
  吹雪の音
 『魔人信長』

「妖魔と申すものがある。
 いわゆる妖怪、あやかし、物の怪のたぐいの親玉らしいがな。
 その妖魔の一族とかいう奴が、いつからか この国に移り住んだのよ。
 どこから?そんなことは知らん。
 ある者はほれ、先年空を覆った箒星より来たのだと言い、 またある者は地獄の釜の蓋を押し上げて、 地の底よりいでたのだと言った。」

「妖魔とは、どのような?」
「普段は人と変わらぬなりだが、いざ事が起こるや、 獣(けだもの)よりも恐ろしい本性を現わし、 一瞬にして死をもたらす、妖しい術を身につけていたという。
 そして、いつからであろうか、我が殿にも妖魔が 取り憑いていたのよ。
 ま、一杯やれ。」

  とくとくとく(綾之介の盃に酒を注ぐ)
「殿は、小姓の森蘭丸どのに朧衆なる一族を支配させておられた。 それこそが、実は妖魔であったのだ。
 だが、我らがそれに気づいたときは、もはや織田家は のっぴきならぬ戦いの渦に放り込まれた後であった。
 わしも一度、朧衆の戦いぶりを目のあたりにしたことがある。
 そう、あれはひどい雨の夜だった。
 今川殿の首級(しるし)を挙げた戦いがあった。
 彼奴(きゃつ)らはまるで黒い影のように、 地から木の間(このま)から次々に現われいでると、 たちまちに数百の今川勢を突き破り、 今川殿の幔幕(まんまく)に飛び込んだものだった。
 それはもはや、戦いではない。ただ、一方的に 猫が鼠をいたぶるようなものだった。」

「恐ろしい…ものですな。」
「わしは、正直、本能寺で日向守様が謀反を起こされたと知り安堵した。
 このまま信長公のお側に仕えていれば、 遅かれ早かれあのような妖魔の手にかかるか、 あるいは……妖魔にされるかだったからな。
 それはいずれも地獄。
 わしは信長公の死を知り、やっと見えぬ糸から 切り離されたように思ったものだ。
 だが、あのいまいましい猿に仕えるわけにもいかず、 こうして今は隠居の身だが。
 織田の家を離れてしばらくしたころ、ある噂を聞いた。 信長公を討ったは日向守にあらず、 影忍と呼ばれる忍びだとな。
 彼らは、妖魔を退治するを生業としていたと聞く。
 そして、その影忍の一人に、 男に身なりを変えたおなごがいたと。
 ……いかがかな?綾之介どの。」

「私も、旅の道すがら、時折 この世のこととは思われぬ話を聞くこともございます。
 それをお話ししましょう。」

「ほう」
「妖魔とはそも、形なきものにて、 この世では人の肉を借りて生きる。
 あの本能寺の夜、明智日向の軍勢は燃え盛る本堂に 斬り込みました。そのとき、彼らを迎えたのは 侍ではなく、妖魔たちであった。」

「うむう。」
「軍勢は半狂乱になりながらも、 その妖魔たちを斬り倒した。だが中に、妖魔の 忌まわしい返り血を浴びた者があった。
 その者は、返り血を浴びた部分がどす黒く変色したと。 そしてその者は、いつしか軍勢から姿を消し、 山崎の戦いにも姿を見せなかった。」

「その侍は、一体どうしたと思われる?」
「おそらくは、妖魔の返り血が はらわたにまで染み渡り、その身自身が 妖魔に乗っ取られたのではありますまいか。」
「では生きておればその者も……妖魔、か。」
「噂によれば、その侍の名は…
 平戸定倖。」

「たあーっ!」
  しゅばっ(平戸が素早く動く)
  ざざあーーーっ(水を撒いた)
  じゅうぅー(囲炉裏の火が消える)
「ひゃーっはははははは。
 今夜は月もない。囲炉裏の火を消せば、いかに影忍といえど、 手の出しようがあるまい。」

「どうかな。」
「影忍が!大人しくしておれば苦しまずに殺したものを!」
そう叫んだ平戸定倖の身体がぱんっと膨らんだ。
たちまち人間とは異なる、醜悪なる怪物へと変貌していく。
  ひゅっ(鋭い爪で襲いかかる)
「うっ…く…」
「死ねぇー!影忍!」
「はっ」
  かきっ(妖刀を抜く)
  しゃるるるるらー(妖刀から光がほとばしる)
「こ、こ、こ、これは!
 なんだそれは、その刀からほとばしる光は!」

「見るがいい、これが妖魔を滅ぼす光!我ら影忍の力の証だ!」
「んん、むおおぉー」
「闇にかえるがいい!」
  ばしゅー(平戸が消滅する)
「ああーっ」


一、飛騨山中 / 二、平戸定倖 / 三、妖魔談 / 四、左近