戦国奇譚妖刀伝 久遠の章 久遠の章目次へ
妖刀伝作品ガイド
四、左近
 『山間を渡る颯』
綾之介の短刀が怪物に刺さったと見るや、 激しい光が放たれ、怪物の姿は一瞬にして消滅した。
後に残されたのは、綾之介ひとりである。
「は、う、ああっ…」
「綾女……綾女…」
「左近か…。
 ふ、こんな傷はなんともない。奴の爪がこれほど 鋭いとは思わなかっただけだ。」

「綾女、おまえはまだ旅を続けるつもりか?」
「この国のすみずみに逃れた妖魔がいる。 その最後の一匹を狩り出すまで、やめることはできぬ。」
「それでおまえはいいのか。傷つき、疲れ果て、 憩いの地すらももたずにさすらうだけで…」
「言うな、左近。
 私の中に竜馬どのがいる。兄がいる。 桔梗さんも、佳代さんも…
 そしておまえがいる。
 私に憩いの地があるとすれば、ここよりほかにない。」

「そうか、綾女。行くがいい。」
「う、うぁ、あっ…」
綾之介と名乗った若者の姿は、小屋を出た途端、 朝靄にまぎれて、たちまち見えなくなった。
のちに文禄元年と改められる天正二十年十一月。
太閤秀吉の権勢は朝鮮にまで至り、 徳川家康は江戸城にその身を潜めていた。
関ヶ原の合戦は、これより八年の後である。
だが、再び影忍を見たものはなかったという。

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